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〜 歌というのは、その人それぞれに思い出があるもので、その歌を聴くと突然のようにこう当時の感動とか光景とかが
心によみがえってきますよネ。歌って不思議な力をもってるなぁってよく思うんですけれども・・・。 〜
(まほろばのぉ〜♪ 野面に赤くぅ〜♪ 灯をともすぅ〜♪ 杏の花よぉ〜♪ ・・・)
今日ご紹介するのは、現在千葉県にお住まいで飯田市出身の『熊谷正宏』さんと言うたった一人の方の
想いが生んだ<素敵な出会いの物語>なんです。
さて、この「まほろばの国」は熊谷さんにとって、どんな曲だったのか。まずは、聞いていただきましょう。 〜
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Kuma:「私が高校へ入学しての年だったと思うんですけれども、やっぱり青春の1ページを飾った曲ですよね。
当時は「高校3年生」とか言って、私たちより2級上の人たちの丁度いい曲が流行ったんですけれども。
え〜〜とにかく私の想いは、え〜学校であるいは又ラジオ・テレビでとにかく流れたという曲で、
もう私たちの団塊の世代は、それを知らないのは長野県の団塊の世代の人間じゃないと。(笑)
間違いなく私はそう思いますよ。」
〜 きっと、この歌熊谷さんにとっては、心の隅っこにあったかく残っていた曲だと思うんですが。実はこの曲が
何十年ぶりかで開かれる小学校の同窓会を期に、その思い出とともに膨らみはじめるんですよ。
みんなでもう一度、この曲を歌いたい。でも、歌詞がどうしても思いだせない。そこで熊谷さん、
そこで熊谷さん!、この「まほろばの国」を歌ったペギー葉山さんに、なんと熱いメールを送ったんですねえ。
受け取った葉山さん、こんな反応でした。 〜
Peggy:「私のところには、ホントにあの、全く知らない方からもね、時折サポーターをとおして
メールが来るんですけれど・・・、はじめちょっとポカンとして、なっな何のお話かな?って
思ったんですネ。
その『まほろばの国』って言う歌、確かに自分で歌ったんですけれども、その歌をそんなに
ご自身の自分の人生の中でね、こよなく愛していらっしゃってる皆さんがいらっしゃっている
なんてこと全くわたし分からなくて、非常に感動的だったんですよね。
それで、そういえば『まほろばの国』って歌ったナ。
何かねえ、とってもその時、あ、これはすぐねえ、返事してあげなきゃいけないって思ったのね。(へ〜)
この歌は何か違うな、魂が入ってるみたいなネ。そんな気がしたんですネ。
すぐお返事を書いたんですよ。そうしたら・・・」
〜 ペギーさんをそういう気にさせたその魂は、どこに宿ってどんな風に感じられたんでしょう? 〜
Peggy:「やっぱり、この熊谷さんのね、心の中と彼の人生の中のこの歌との出会いと、
それからやっぱり、学校のお友達、小学校のお友達のそういった方たちの、友情というか絆というか。
ですから、歌っていうのはそういう力があるんですよね。」
〜 そう、ペギーさんの心をも動かした歌の持つパワーはすごいなあと思って話を聞いてたんですが・・・、
もう一つ、素敵な出会いを熊谷さんは自らでたぐり寄せるんですネ。 〜
Kuma:「最初は、ペギー葉山さんのホームページを見て、『ペギー葉山と歌いましょう』という
コンサートが飯田であるということを訪ねてみた訳なんですけれども、
それではということでいろいろ聞いたらば、主催者が、「童謡唱歌をうたう会の飯田の会」だちゅうんで、
その主宰してる方はどなたなんですかって聞いたところ「塚田」って言う方っていうんで、
下のお名前は?って聞いたところ「清實(きよみ)」。
な〜んだ。(中学時代の音楽担任の)塚田先生じゃないか。って言うことで。・・・・」
〜 この、巡りあいとか出会いとか、つながりってすごいですよねぇ。 〜
「やっぱし、あれですよね。あ〜私も東京へ出てから、高校卒業してから都会へ出て、もう30、40年位に
なりますけどね。だんだん定年を控えてきますとね。田舎が恋しくなってくるんですよね。」
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〜 中学校の先生と、途絶えていた恩師との出会いがあって、そしてこの曲を復活させたい。
そして、わが故郷で復活させたい。そんな思いで実は・・・、
先月の(7月)21日に、ここ飯田で「まほろばの国」が復活したんです。
SBCの開局記念で作られたこの「まほろばの国」。
ぜひ復活させたいというのが思いだそうなんですけれども、出会いのすばらしさ、歌ってすごいな。って
この出会いの物語をみて思いました。
皆さんいかがだったでしょうか?。 〜
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(まほろばのぉ〜♪ 野面に赤くぅ〜♪ 灯をともすぅ〜♪ 杏の花よぉ〜♪ ・・・)
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