遺稿 |
モンゴル国の首都ウランバートルには市内を流れるトーラ川がある。人々の生活にとって季節を通じ縁深い川である。 厳冬のモンゴルは各地でー30℃以下になり,その厳しさは大変なものである。冬のトーラ川は全面凍結し氷の厚さは80cm近くにもなる。車や人々が往来する道路に化ける。ジープやバスまで通行可能である。 夏は水泳に格好な場所となり庶民の憩いの場となる。この国にとって涼を求める観光の場でもある。 約10年前からODA(政府途上国援助)の村落発電施設改修計画の仕事に携わってきた。モンゴル国の各地を訪れる機会にも恵まれた。 ある年の夏,休日にトレーニングジムを訪れたことがある。視察と運動不足のためである。インストラクターのウヌルバットさんを知ったのはこの時である。トレーニング機器の扱い方を丁寧に教えてくれた。その後,冬の寒いときにもショッギング中にバッタリ出会った。戸外はー10℃以下でめがねやまつげは吐く息で凍ってしまう。 ウヌルバットさんとは夏のハイキング走でも出会った。親しい友達となり家にも招待してくれた。彼は若い頃,ドイツの体育学校で学んだ様だ。ボディービルダーのような立派な体つきをしている。スポーツ万能で水泳も得意の様だ。 最後の年の夏に,再会した。トレーニングジムは変わっていた。しかし,私たちは楽しい思い出を作ろうと言う話になった。浮き輪で「トーラ川下り」をやったらどうかと提案した。彼は快く提案に乗ってきた。私はかつて郷里の天竜川で浮き輪下りをやったことがある。風景は違うが大きな川を見ると懐かしい思い出が脳裏に浮かんでくるのである。 「トーラ川下り」を行なう日がやってきた。休日の午後,準備が始まった。街のタイヤショップで大型トラックのチューブを2本買ってきた。洗濯物干し用のロープも買った。浮き輪と体を連結するためである。運転手のスボウさんには車のレンタルを依頼してあった。タイヤショップでチューブに空気をいれで「浮き輪下り」の道具が出来た。出発点は市内の主要道路の有名な橋の上流3km地点にした。 ウヌルバットさんはこのような浮き輪下りは初めてだと言う。出発点附近は川遊びの観光客が来ていた。衣服を脱ぎ海水パンツ姿となった。足はランシューズをはいた。川の中を歩くので危険防止のためである。適当に準備運動を行なった。洗濯用ロープ浮き輪をしばり,少し離して他方を腹に巻き付けた。更にお互いの浮き輪どうしも5mくらい離して結びつけた。これらは私の過去の経験から浮かんだアイデアである。 この日は水量が豊富で天気もよく,川くだりには最高の日となった。本格的に下る前に浅瀬で練習を行なった。水温も適度で,水もきれいで快適な感じである。 いよいよ「ト‐ラ川下り」を始める時がきたのである。心はうきうきしていた。「安全で楽しく流れますように!」と祈っていた。2漕の浮き輪がゆっくりと川の中央へと流れていった。近くの観客から歓声が上がった。スボウさんに衣服類の運搬とカメラ撮影をお願いしておいた。これは万一の時の緊急連絡用でもある。 私たち2漕の浮き輪は川の流れに従って快調に流れた。時々,浮き輪からとび出て泳ぎも楽しんだ。自分の力でなく川の流れで進むので面白い。1kmばかり過ぎると,川の両岸には一般民衆が川遊びに来ていた。モンゴルには海がないので水泳とは縁が遠い。流れの緩やかな場所で水遊びをしている人々が多かった。沿岸の人々がうらやましそうに手を振ってくれた。何人かに体験させてあげる事も出来た。2人の体は時々離れるがロープでたぐり寄せることができる。 更に下流へと進んだ。「あっ,大変だ=!」ロープが岩の間に挟まってしまった。流れが急なところなので泳いでは戻れない。悪戦苦闘しているうちに「私の体のロープをはずせばよいのだ!」ということが解った。ロープは簡単に解けて岩の間から楽に解けた。トーラ川は大河なので水量が豊かだと海のような感がある。私たちは浮き輪にお尻をすっぽり入れて両腕で操った。波動の心地よさを楽しみながら「トーラ川下り」を堪能した。 2km近くの下流では川幅も広く浅瀬になったので浮き輪を持って歩いて移動した。今日のゴール地点の大橋の近くにきた。スボウさんが手を振ってくれて写真をとってくれた。橋の下をくぐった地点で「トーラ川下り」は終わった。「ついにやったぞ=!」ウヌルバットさんやスボウさんにもお礼が出来た。こんなこと私たちがモンゴルで初めてやったのではないだろうか?満足感に慕っていた。 川遊びの民衆もうらやましそうだ。そうだこのイベントを夏のモンゴルの観光にしたらどうだろうか?「トーラ川浮き輪下り大会」と名付けてもいい。 夏のモンゴルは短い。モンゴル滞在中のすばらしい思い出となった。楽しみの少ないモンゴルの人々に観光イベントのアイデアを提供したい。 完 |
この記事は、亡くなる2年前に書かれたものだ。元気だった頃を懐かしんで書いたのだろう。
こんなに元気だったのに・・・
神様は、本当に意地悪だ。 kuma3
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